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クラシックオルガン レンタル専門  

クラシックオルガンの「シンカワピアノセンター」です。 関西地区(2府6県)を中心に受付中です。

2012年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年09月

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オルガンのお嫁入り


オルガン界は、他の楽器と比較して狭いです。
とは言え、少しずつ広がり続けていることは間違いないと思います。

ひとつの現れとして「買換、譲ります」が、近年増えています。
お嫁入りとは、大切に使っていたオルガンを、次の方へ送り出す時
に使用されていた方が言われた言葉です。このように譲る方と譲り
受ける方との関係が生まれ、オルガンが引き続き生かされる事も
起きています。

オルガンの市場は、まだ小さいのですが、クラシックオルガンに対
する関心は確実に増えています。その事は大変嬉しいです。
楽器が大切に扱われ、音楽を奏でられるその時、楽器は愛されて
います。

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| クラシックオルガン | 17:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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うたごえの夕べ

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                        詳細な記事は、http://e-artist.org/member/takeshi.htm へ どうぞ。

うたごえの夕べ                堺キリスト教会 URL http://www.eonet.ne.jp/~jbcscc/index.html
 

| コンサートご案内 | 23:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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シャナヒー ライブ

    シャナヒー  mini ロハスフェスタ

シャナヒー 

| コンサートご案内 | 12:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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8月に思う (2)

◆「八八会」
  8月になると思い出すのは、「八八会」のことです。
  私がまだ調律の修行中の頃、8月になると師匠(故山岸漸一氏)は「八八会」を楽し      
  みにしていました。八八会とは8月8日に 命日を迎える山葉虎楠のための集まりで 
  す。(山葉虎楠は、現ヤマハ(株)の創立者。1916年8月8日没) 当時は、山葉虎   
    楠の弟子たちが存命だったのでしょうか?。 

◆「技術のルーツ」
  ここで、私の調律師としてのルーツをたぐり寄せると、師匠は「山岸漸一」、 その師   
    匠は、松本ピアノの「松本新吉」、その師匠は西川ピアノの「西川虎吉」となります。
  技術の継承的に言えば、日本のピアノ・オルガンの創始者の西川虎吉の、ひ孫に   
    なります。 (西川は、山葉より少し早くリードオルガンを制作している。)

◆「楽器メーカーのルーツ」
  私がお世話になったメーカーは、ベルトーンピアノ(富士楽器)です。
  この浜松工場に、約2年間研修生として修行をさせて頂きました。 富士楽器の
  先代社長野田秀治は、「河合楽器製作所」で経験を積み、河合 楽器製作所の
  創業者河合小市は、「山葉ピアノ製作所」の出身です。

  結局、ベルトーンピアノのルーツは、山葉ピアノにたどり着きます。 国内の鍵盤
  楽器のルーツは、二大メーカーの「西川か山葉」の流れに帰着します。結局私は、
  両関係者のご指導を受け、今日に至りました。
  同時に、多くのお客様に支えられている事を心から感謝しています。

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8月に思う (1)

昨日、今年も立秋を迎えました。
皆様には、いかがお過ごしでしょうか。?
残暑お見舞い申し上げます。

いつもお世話になりありがとうございます。
日頃、ブログに自分の感想を書かないのですが、8月に思う事を述べてみます。

1945年8月6日に広島へ、9日長崎にそれぞれ原爆が投下されました。 この9日は長崎では
なく、本来の投下目的地は、福岡県小倉市(八幡市の隣)だった事を知ったのは随分後の事。

前日の8日は、八幡市の大空襲で壊滅的な打撃を受けました。雨や雹のように焼夷弾が投下
さる時の音・音・音、炸裂して炎が一瞬に広がり、町は火の海と化してゆきました。私は八幡国
民学校2年生で、その光景と、翌日9日焼け野原と化した八幡の町を忘れる事ができません。
 
この9日に、まさに私たちが呆然としいる頃、B-29は小倉の上空を3回も旋回して「原爆」投
下を試みたが、前日の煙ともやで目視できず、やがて雲間に見えた長崎に原爆が投下された
のでした。 もしも、小倉に原爆が投下されていたら私たち家族は被爆していたことでしょう。

昨年は、東京電力福島原子力発電所が地震と津波で破壊され、被爆された方々の事を思い
ます。世界中で、日本だけが「二度」までも被爆するとはどう言うことでしょうか?。二度目は
自らの過信や怠慢によってもたらされたのですから。

先の第二次世界大戦も、もっと早く終結できていれば、沖縄も広島も長崎も犠牲にはならな
かった。 同様に、原発の効率だけに目が奪われ推進し、安全を過信をした結果、水素爆発
事故を拡大させてしまった。これは人災のしめる部分が多い。 
人間は、いかに愚かであるか、私もその一人ではあるが「平和をつくり出す人は幸いです。」
この、み言葉に励まされて前進したい。

| その他 | 22:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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